最近、SNS界隈で騒がれている、政治家麻生太郎氏の「おばさん」「そんなに美しい方とは言わないけども」発言。
このご発言自体が一部で問題視されているのと同時に、メディアでは“ルッキズム”という言葉が散見されるようにも思えます。
そもそも、この“ルッキズム”とはなんなのでしょうか?
また、異性にモテたい欲求との関連性はあるのでしょうか?
これらの意味をまとめて考察していきたいと思います!
ルッキズムとは何か?
今回の一件でマスメディアやソーシャルメディアで騒がれている「ルッキズム」とはそもそもなんなのでしょうか?
言葉の意味を知らないという方もいらっしゃると思うので、調べてみました。
ルッキズムの定義と起源
ルッキズムとは、外見を基準に他者を評価し、あるいは差別につながる行為や思考のことを指す場合がほとんどです。
この言葉は「look(見た目)」と「-ism(主義)」を組み合わせた造語で、外見主義や外見至上主義とも訳されます。
起源は1960年代~1970年代のアメリカで起きた『ファット・アクセプタンス運動(肥満差別をなくせ!という市民運動)』とされています。
ですが、人間(あるいは動物)が外見に価値を置く傾向は古くから存在しているので、そういった意味ではルッキズムは遠い昔からあると言えるでしょう。
近年ではSNSの普及により、見た目に対する評価がより顕著になってきたことで、この言葉が騒がれやすくなったのだと推察します。
また、ルッキズムは、単に見た目の好みに留まらず、社会的なステータスを上下左右する要因としても機能してしまうことがあります。
例えば、就職活動においては、容姿が採用基準に影響を及ぼすことがあり、これがルッキズムによる差別と捉えられることもあるのです。
麻生太郎氏の発言の炎上
このような背景のある中、最近は自民党・麻生太郎副総裁のご発言がルッキズムに関連して問題視されることになったのです。
【ご発言内容】(FNNプライムオンラインより引用)
俺たちから見ても『ほ~、このおばさんやるね』と思いながら、この間ニューヨークで会ったけど、少なくともそんなに美しい方とは言わんけれども。外交官の手を借りなくて、『わたしがやるからいい』って、自分でどんどん会うべき人たちは、自分で予約を取っちゃう。あんなことできた外務大臣は今までいません。新しいスター、新しい人がそこそこ育ちつつあるんだと思いますね。
昨今では、メディア上で女性差別や女性の社会進出にも関心が寄せられる傾向にあるので、麻生氏の「このおばさんやるね」「美しい方とは言わん」などのご発言が切り取られ、取り沙汰されている状態です。
ルッキズムとモテの関係
麻生氏のご発言は、外見で人の能力を判断しているわけではないようです。しかし、わざわざ外見のことを引き合いに出す必要があるかについては、疑問符がつくという意見もちらほら。
もし、ルッキズムがさらに強まり、外見で社会的地位やステータスが決まってしまうということになれば、それはあまり健全とは言えませんよね。
しかし、“モテ”について考えるとき、外見が異性に与える影響は無視できません。
イケメンや高身長といった、まさしく「外見的特徴」がモテる要因になることは言うまでもありません。
外見だけでなく内面の魅力も重要であり、人間関係においては外面と内面のバランスが求められるのまた事実なのですが。
ここからは、内外の魅力とモテの関係について考えてみましょう。
イケメンや高身長がモテる理由
イケメンや高身長がモテる理由には、「なんかかっこいい」とか「なんか惹かれる」というものがあると思います。この“なんか”ってなんでしょう?
実は、”なんか”には人間の本能的な側面が大きく関わっています。
生物学的に見ると、美しい顔立ちや高身長は健康で遺伝子的に優れた特徴と捉えられがちです。これは、無意識のうちに良い遺伝子を子孫に残したいという本能が働いているためと言われています。
また、映画やドラマ、広告などのメディアに出演する俳優やモデルはイケメンや高身長が多いですよね。これら外面の特徴は「生物学的に」「現代社会的に」魅力であるという認識が強化されているのは、ある意味致し方ありません。
しかし、外見だけが全てではなく、その人の性格や振る舞い、コミュニケーション能力なども重要な要素ではないか?と私筆者は思います。
内面の魅力と外面(そとづら)の魅力
内面の魅力は、人間関係を築く上で欠かせない要素です。
人は見た目に惹かれることもありますが、長く付き合っていくうえで大切なのは、その人の性格や価値観、思いやりやユーモアのセンスなど、内面からにじみ出る魅力です。
例えば、共感力が高く、相手の話に耳を傾けることができる人は、周囲からの信頼を得やすく、人間関係を円滑に進めることができます。前向きに挑戦し続けるポジティブな姿勢は、他人に勇気や希望を与えることができます。
そして!
一緒にいて違和感がなかったり、楽しいと思われる人はモテてる印象ありますよね。
つまり、こう言えるのではないでしょうか?
“””
外面的な魅力を入り口として、内面的な魅力をもってして人ははじめてモテる
“””
SNS時代のルッキズム助長は避けられない
現代社会において、SNSは私たちの生活に欠かせないツールとなりました。しかし、その一方で、SNSはルッキズムを助長する傾向にあるとも指摘されています。
プロフィール写真や投稿する画像が、人々の第一印象を決定づけることが多く、見た目に対する評価が即座に行われる環境が形成されているのです。
「いいね!」
を押したり押された経験はありませんか?
あれは、いわば0.1秒で承認欲求が満たされる機能です。
「いいね!」が日常的に押し押される環境がある限り、かわいい/かっこいい/美人/イケメンな写真の投稿は止まらないでしょう。
特に、インフルエンサーや有名人の美しい写真や動画が氾濫する中、日常的にこれらのコンテンツに触れることで、無意識のうちに見た目の基準が高まり、自分自身や他人を厳しく評価するようになる可能性があります。
これが、ルッキズムをさらに強化することにつながるのです。
まとめ
今回は、麻生太郎氏のご発言をきっかけに注目された「ルッキズム」という概念について、その定義や起源、さらにはモテとの関係性について考察してきました。
ルッキズムが指し示す外見への偏見や評価は、社会に根強く存在し、SNSの普及によってさらにその傾向が強まっていることが見受けられます。しかし、外見だけでなく内面の魅力も重要であることを忘れてはなりません。